佐賀市花納丸古墳出土遺物 一括(附)花納丸古墳出土遺物の記録 一巻

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■所在地佐賀市城内一丁目 佐賀県立博物館
■文化財指定状況佐賀県 重要文化財
■文化財指定日昭和56年3月16日
■登録ID5282

佐賀市久保泉町大字川久保字上分にあった花納丸(かのうまる)古墳の出土品とそれら遺物の記録である。今日に伝わる遺物に変形文鏡1面、三環鈴(さんかんれい)1点、管玉(くだたま)11点があり、5世紀後半代に比定される。
記録では、天保11年(1840)11月に花納丸古墳が、破壊された折に、前記の遺物が石室の3隅から出土し、ほかに長さ45センチメートル位の鉄刀と鉄線をよって金メッキしたような釘が発見されたと伝えている。
変形文鏡は、面径9センチメートルの仿仿製鏡(ぼうせいきょう)である。背面の文様は、円座鈕(えんざちゅう)のまわりの内区に8個の乳(にゅう)を配し、各乳を双脚文(そうきゃくもん)が囲んでいる。その外に割り付けの乱れた複線波文・外向きの陽起鋸歯文(きょしもん)をめぐらし、縁は素文である。三環鈴は青銅製で、径3.8センチメートルの環体の三方に径2.7センチメートルの鈴が直接ついている。小型品に属する三環鈴であり、馬具の一種である胸繋飾(むながいかざり)とも推定される。管玉はいずれも碧玉(へきぎょく)製で、孔は片方から穿(うが)たれている。長さは2.3~3センチメートルである。
記録は二葉からなり、現在は巻子(かんす)に表装されている。1葉は、佐賀藩の儒学者、草場佩川(はいせん)(1787~1867)が書いた記録・考証と画家、歌人、古川松根(まつね)(1813~1871)の模写図を入れた版摺(はんず)りで、遺物が出土した翌年冬の刊行である。他の1葉は、佩川の草稿の写しである。記録の公表には国学者、南里有隣(1811~1864)も加わっている。これらは藩政時代の貴重な考古学的資料である。