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為朝の池
高木八幡宮の門前に小さな池がある。鎮西八郎為朝が九州下向の折、高木八幡宮前に陣を移動していた頃、五月雨が降り続く中、この池に蛙が数多く鳴いていた。為朝が「穴姦し鳴くな(アア ヤカマシ ナクナ)」と一声放つと、蛙は忽ち鳴きやんだとあり、是より為朝古来民施池と呼ぶようになった。 また、八幡宮西の方数十mの所に為朝を祀った為朝廟という社もあったという。これを無格合祀により八幡社と合祀した。現在、八幡宮神殿の東北に古びた石祠が残っている。 この為朝の池には花が植えられ、立花家観音と共に地区の人たちで大切に保存されている。
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太郎坊社
拜殿東側に在り、祭神火具土の神 太郎坊は次郎坊、愛宕坊等所謂八天狗の中の一神で元来火の神である。民間の信仰として難病その他の危難を救う神とされている。太郎坊社は55聯隊ができる頃、現大島神官の祖父の時代太郎坊講を仕立て建立されたものである。今でも参拝者多く、東京、北海道在住の人の供進があっている稲荷社。八幡社境内の西北隅に在り、椎の森稲荷ともいう。元椎の木の大木数本があった所から名づけられたものである。その東には、55聯隊兵営の中に在ったものといわれる由緒不明の灯台型の祠塔がある。 境内東北隅には不動橋附近にあった不動明王を祀った石塔数基と、大乗妙典千部塔及某禅尼の墓一基がある。 この墓碑には 「為因派浄縁禅尼 享保16辛亥天8月初2日 萬里憎建之」 とある。 境内には、楠、その他椋、椎、欅、椿などの大木がうっそうとし、正法寺陽福寺等の森と共に野鳥の安息場所となっているが、その中けやきは、昭和2年御大典記念に植えられたものである。 当神社の祭典日は 例 祭 春4月5日 秋11月15日 小 祭 1月1日 8月1日 12月1日 となっており、嘉永3年(1850)と昭和28年(1953)とにはそれぞれ700年祭、800年祭が執行されていて、棟梁に下記の通りの記録がある。 一,天元地妙 国家安全 嘉永三歳 大島主殿 八幡宮七百年御祭 三元妙壇 御 清 祓 神楽執行社頭康栄氏子繁昌處 神変鎭護 五穀豊饒 戌 11月吉日 謹修行之 大島土佐正 同 大助 中島頼母正 天地心御柱明阴一本 野口長門正 欽修行之 江副但馬正 副島石見正 天元地妙 国家安全昭和28年祭祖 高木越前守 藤原貞永 高木八幡宮八百年大祭 三元妙壇 御 清 祓 神楽執行社頭康栄氏子繁栄 神変鎭護 五穀豊饒 4月5日 大島宣光謹修行之 江副 家治 司祭池田虎三 岡 作市 天地心御柱月日一本 大島 宣光 欽修行之 西寄善太郎 西原 勇 高木末蔵謹書 毎年行われるお祭の中、盛んににぎわったのは、8月1日の祇園と11月15日の秋祭であった。 祇園祭には境内に舞台がかけられ、芝居、佐賀仁和加、浪花節(祭文語り)などでにぎわい、門前一帯には沢山のおこし、あめゆ、氷、わた菓子などの店が出ていた。秋の祭はいわゆるお供日で、この日は特に浮立が奉納された。