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長安寺
【宗派】曹洞宗 【本尊】薬師如来 万治元年(1658)正月、鍋島忠直公の御意志を受けつぎ、光茂公が建立され、開山萬休禅師を請招して、当寺を建立された。それから相継いで今日に至っている。 当寺には、先代より特種な祈とう(ホヤケマジナイ)秘術が受け継がれており、諸方からの参詣者も多く、小児のホヤケマジナイは特に不思議な奇効があると言われている。 境内には、マジナイ堂もあり、先代の知獄和尚は、説法にすぐれて、よく仏法の伝導をされていた。
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八坂神社
【祭神】素盞嗚尊 後宇多天皇、弘安4年(1281)の勧請(かんじょう)である。その後、寛永19年(1642)、藩主鍋島勝茂が社殿を造営し、時々、与賀、川副両郷のため、五穀豊穣、悪役転除の祈願を行った。 明治6年1月、村社に列せられ、大正元年11月26日、神饌幣帛料供進の指定を受けた。 同じ境内に、粟島神社がある。女性の守護神、病気平癒、商売繁昌の神として、全国に聞えている。施薬の神「大黒天」及び諸病、諸難を救い給う「少彦名命」を祭神とし、俗に「粟島大明神」として、広く信仰を集めている。 約1,300年前、人皇20代孝徳天皇の世、大財村にいた役行者(えんのぎょうじゃ)が金剛山に参籠して、「大黒天」を感得し、霊像を刻んで、ここに祀った。また、霊夢によって、「少彦名命神住吉宮」を勧請し、これを合祀して、船乗りの守護神として、敬われた。 足利の戦いのとき、戦火で焼失したが、鍋島勝茂が、八田津の祇園宮(八坂神社)の側に造営されて今日に至った。最近では女性の参拝者が少なくなかったが、毎年母子連では、粟島社を招いて、針供養を行なっている。 なお、勝茂公夫人から奉納された雛人形が保存されている。 外に、鍋島町東新庄の埋立地にあった猿田彦の大神など30柱が、境内に合祀されている。すぐ近くの公民分館の横に、「イボ地蔵」が祀られており、イボ取りに、大豆を年の数だけ上げて、祈った後地中に埋めておくと、豆が腐ってなくなるときには、イボが治ると言うので、参詣する子ども達がある。