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願正寺 本堂、貴賓室、大広間、大玄関、鐘楼、山門 計6件
登録有形文化財
構造、形式、建築年代、登録基準 次のとおり 本 堂:木造平屋建、瓦葺、建築面積805 ㎡【登録基準(二)】 元禄15(1702)年/明和2(1765)年改修 貴賓室:木造平屋建、瓦葺、建築面積109 ㎡/18 世紀前期【登録基準(二)】 大広間:木造平屋建、瓦葺、建築面積288 ㎡/昭和9(1934)年【登録基準(一)】 大玄関:木造二階建、瓦葺、建築面積180 ㎡/昭和9(1934)年【登録基準(一)】 鐘 楼:木造平屋建、瓦葺、建築面積14 ㎡/明和5(1768)年【登録基準(一)】 山 門:木造、瓦葺、間口4.6m/大正前期【登録基準(二)】 佐賀城跡北に位置する佐賀の中心的浄土真宗寺院。境内中央に西寄りに本堂を建て、東側の中庭を囲うように貴賓室、大広間及び大玄関を配す。本堂の南東に鐘楼を建て、境内南辺に山門を開く。本堂は正面九間、奥行八間半、入母屋造本瓦葺で九州有数の規模と古さを持つ。貴賓室は、切妻造桟瓦葺で簡素ながら上質な藩主御成間と伝わる書院。大広間は、南北に長大な平面を持ち小屋組にキングポストトラスを用い大空間を実現。大玄関は、切妻造桟瓦葺で無柱の大空間が特徴。鐘楼は、入母屋造本瓦葺で佐賀城下の時鐘として用いられたと伝わる。山門は、四脚門で透彫ぼりや鈁金具など随所に浄土真宗寺院らしい華やかな装飾を見せる。 ※写真は本堂、山門、鐘楼
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大黒天
大黒天は、インドや中国においては古くから寺院の守護神とされ、また、豊饒を司る神として信仰されていた。わが国では大国主命と習合し、エビスとともに福神の代表的な存在となって信仰されてきた。大黒天には、甲子待ちの主尊として崇敬されているのと、福神信仰に基づくものとがあって、甲子または子の日に、夜遅くまで起きていて精進供養する行事を子待ちまたは甲子待ちといっている。甲子待ちまたは子待ちは主として農村で催されていて、県内の大黒天像の多くは農村地帯に分布している。大黒天頭巾をかぶり、右手に槌を握って右肩のところに捧げ、左手で袋の口を握り、背中に袋を背負って、2個の俵の上に立つ像で、脚が極端に短かくて、胴の下に足先だけがついているような像で、果して立像だろうかと疑念をいだかせる像もあるが、すべてが同形式の大黒天である。お顔を見ると、半月の眉、目尻の下がった細い眼、笑を含んだ口元など、典形的な福神の相である。エビスさんと大黒さんは一対をなす福神として信仰されるが、この両者の出身はそれぞれ異なって、エビスさんはわが国生まれであるのに対し、大黒さんはインドの生まれで、仏教とともにわが国に移住された異邦人である。この両者が一対となって信仰されている点は、現代風に見ると国際結婚の先駆者とでも云うべきでしょう。循誘校区内には、材木2丁目にあり、久保泉西原の大黒天は、路傍にあってとても大きく、威風堂々としている。