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佐賀のエビスさん
エビスさんは、もともと漁民の間に発生した信仰であると考えられており、今日でも漁民や漁村のエビス信仰は根強いものがある。これは、豊漁をもたらす神として、一面においては、海中より出現した神、すなわち漂着神としての信仰が濃いと云われている。中世になって、エビスは次第に商業神としての神格を強め、商家では商売繁盛を願ってエビスさんを祀るようになった。また、農村では、農神として崇拝され、田植えが終わった後に苗を三把エビスさんに供える習慣は、全国各地に見られる。農村では、10月にエビス祭りを開催しているところが多く、また、12月8日を『百姓エビス』と呼んでいるところもあるといわれる。佐賀市内では、旧城下町にエビスさんが圧倒的に多く、その数は、373体あるとの話でこれは、長崎街道の宿場町として、商家の繁栄を物語るものであろうと考えられる。周辺の農村地帯にはその数が少ないようである。このほか山村では、エビスさんを『山の神』として祀り、信仰しているところもあり、主として狩人の問に信仰が厚いようである。エビスさんの形は非常に変化に富んでいるが、右足を下ろし左足を曲げ、左脇に鯛を抱き、右手の指を曲げ、竿を執る姿が多く、また反対に、左足を下ろして右足を曲げ、右脇に鯛を抱き左手に竿を執る姿もある。変った形には、大福帳や、算盤をもった姿のものや、『釣り上げエビス』といって釣り上げたその瞬間の喜びを表現したものもある。材木1丁目の双体エビスさんは、一体が釣り、他方が釣り上げた獲物を持つという二者一具を意味する双体エビス像で、魚籠のあるのは、このエビスさんだけとのことである。台座には『寛政三年九月吉日』と彫ってあり、約200年前のもので、材木2丁目6−8のエビスさんは、元禄3年(1690)の造立で、約300年位前のもので、双体エビス像では勿論、エビス像としても市内最古のものと云われている。 ※写真は材木2丁目6−8のエビスさん
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来迎寺
金立町来迎寺地区の北端にあって極めて由緒深い寺である。開基は鎌倉幕府の第5代執権の北条時頼が諸国巡遊の際肥前国上郷白水村(現在の来迎寺)に大源山称名院来迎寺を建立し、知玄上人を開山和尚とした。時の執権時頼の威勢と信仰の力を以って建立されたものでその規模は広大であったといわれている。