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寒若寺鰐口
【品質】銅 【形状】鋳造 【法量】径26.0cm 【銘文等】 (前面陰刻銘) 「謹奉施入鰐口一掛 肥前 佐賀 河副 酒袋村 薬師御宝殿」 「奉○佛力致恭(か)敬(か)誠借(か)近里遠村之衆力鋳銅鰐口」 (後面陰刻銘) 「○○代卒○○座(か)却(か)眼十方檀那太膳(?)」 「 千布左衛門 ○慶長十九甲○(寅か)十一月吉日 願主 津山四兵衛」 江戸時代 慶長十九年(1614)
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二十三夜塔
三夜待ち、六夜待ちともいうのは信仰的な講であったが、今では親睦的な寄合いになっている。本来、神のそばにいて共に夜を明かすことと考えられていたのが、月を待つことに変化していったものといわれている。三夜持ちは、毎月23日の夜、青年組、中老組、老人組に分かれて催す男の人達の講で、女子の二十三夜講は存在していないようである。二十三夜講塔には『二十三夜』と記されたものが最も普遍的であるが、他に『勢至菩薩』『大勢至菩薩』としたもの、『月読命』『月夜見命』『月弓尊』としたものや、更には『月天』と刻まれたのもある。 文字塔のほか、尊像や二十三夜月、あるいは瑞雲等を彫顕した『刻像塔』があるが、刻像塔の大部分が勢至菩薩像である。紺屋町の刻像塔は、文久2年(1862)の建立で、材木町の日天神社にあるのは、安政5年(1858)となっている。また、毎月の月待ち行事の他『お日持ち』があるが、これは毎月でなく年に一度行うところが多く、牛島町でもこの風習があり、この他鍋島町の蛎久では7月15日に、東脊振では、10月14日から15日に寄り合いをして酒をのみ、家々で餅つき料理を作ったりするようである。