新着情報 topics
ピックアップアーカイブ pickup
-
明宝山 三光寺
宗派 臨済宗南禅寺派 円通寺末寺 本尊地蔵菩薩 由緒 応永4年(1397)建立、永禄4年(1561)改築。 開基 海像禅師、寺内に栗並伊賀守の墓石あり。当寺は栗並に3か所あった寺を合併して三光寺と号したと伝えられる。野畑に寺院跡がある。昭和34年川崎弘信没して以来無住。檀家数16戸 敷地面積 346坪 建物49.25坪
-
木造圓鑑禅師坐像 一躯
重要文化財
佐賀平野中央北部で嘉瀬川中流の東方春日山中腹に、春日山高城護国禅寺がある。当寺は、文永7年(1270)、久池井の地頭国分忠俊の帰依を受け、蔵山順空(ぞうざんじゅんくう)が開山した臨済宗東福寺派の寺院である。 圓鑑禅師は蔵山順空(1233~1308)の謚(おくりな)で、出生地は不明であるが、佐賀市大和町万寿寺神子栄尊(じんしえいそん)のもとで出家、栄尊に従って上洛、京都東福寺で円爾弁円(えんにべんねん)(聖一国師)に師事、鎌倉で蘭渓道隆(らんけいどうりゅう)の門に入った。弘長2年(1262)に中国へ渡り、各地で禅を学ぶ。帰国後、高城寺を開山した。のち再び京都に出て、正安2年(1300)、東福寺第6世の住持となり、延慶元年(1308)に遷化されている。 像高は85.5センチメートル。桧材による寄木造りで、内刳(うちぐ)りを施し、目は玉眼とする。表面には麻布を貼り漆下地、彩色を施す。この像は剃髪(ていはつ)し、衲衣を着けて袈裟(けさ)を懸け、両手を膝上に差伸べて払子(ほっす)を執り、膝前を垂らして曲録(きょくろく)(椅子)に座る。 頭部は肉付き豊かで、後頭部には肉のたるみを表わす。目は閉じ加減、眼窩(がんか)や口元の窪みを小さくして、穏やかな面貌を作る。体部も肩の張りや肘、膝の張出しを抑える。乱れなく衣をまとい、衣のひだは細かいひだを省いて明快な強い曲線で処理する。 こうした穏やかな雰囲気は、禅の修練を積んだ順空の悠揚(おうよう)迫らぬ人格と品格を見事に写しており、鎌倉的写実の妙を示している。 頭部の内刳から宝篋印陀羅尼(ほうきょういんだらに)と般若心経に添えられた立願文が発見され、正安2年(1300)の作であることが確認された。 鎌倉時代に隆盛した禅宗では、頂相(ちんそう)と称して、開山の像が盛んに造られ、多くの優作が残されている。この圓鑑禅師坐像もその作例の一つで、数ある肖像彫刻の中でも優れた作品である。