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横堤
川の氾濫による浸水被害の拡大を防ぐために設置された緑地帯(堤防)である。江戸時代につくられたと推測され、その長さは神埼市神埼町境から巨勢川まで約1,650mにのぼる。佐賀藩の治水事業で名高く、兵庫町の開墾にも携わった成富兵庫茂安の事績であるとも考えられている。 このような緑地帯は、昭和の初めまでは調理や風呂の燃料(焚物)の採取場所として使用され、住民の生活に身近な存在であった。しかし、ほ場整備とともに伐採が進み、残るのはこの横堤のみである。現在ではその歴史的経緯とともに、佐賀平野の原風景としての価値が見直されており、地元住民により大切に管理されている。
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伊賀屋天満宮
祭神 菅原道真 天照大神 伊弉諾命 大綿津見命 加藤清正 由緒 当社創立の年月は不明であるが、社殿棟木に「延宝八年(1680)鍋島大和守藤原直氏再興」とあり、ひさしの下棟には「宝暦七年(1757)鍋島山城守願主となって再興する」と註記され、その創始はそれ以前である。昔から文教の神、また五穀豊作、雨乞いの神として巨勢郷各地区よりの参詣者も多かった。干ばつには祭神を有明沖にお下し申し、浮立を奉納して降雨を祈ったという。願主、山城守の尊信も厚く、御供米祭典費や社殿の修繕費なども寄進された。 明治5年村社となり、明治35年本殿を改築、昭和2年拝殿を改築されて、巨勢川東部を代表する神社の格式を整えた。明治42年兵庫町東部の神社は、ほとんどここに合祀された。