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慶誾寺多久安順と一族の墓
多久家は龍造寺隆信の弟長信が多久梶峰城に入り、後を継いだその子安順が鍋島直茂の長女をめとって多久姓を名乗り、2万1千石を与えられ幕末まで多久邑を支配した。 系譜は次の通り 龍造寺長信→多久安順(以後多久姓)茂辰→茂矩→茂文→茂村→茂明→茂堯→茂孝→茂鄰→茂澄→茂族→茂穀→龍三郎 慶誾寺に6代(茂明)迄の墓がある。7代以降は多久町円通寺にある。
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八戸溝の馬頭観世音
昭和15年10月1日現在の調査では、八戸溝の世帯数は66戸、人口324人で、ほとんど農家であった。馬は家族の一員で農耕用馬、競走馬などで、大切に飼われていた。馬の安全を祈り、農耕馬の守り神として路傍などに祀られた。また、馬が死ぬと供養のために個人の手によって宅地内に祀られていた。 また、馬頭明王とも言われ、仏が怒りの姿で人々を救い上げるということで、恐ろしい形相の姿が多い。江戸時代中期以降から民間信仰が厚くなったとも言われる。 森氏宅馬頭観世音 (銘文)馬頭觀世音 建立 明治十九年戌七月吉日 建立者 不明