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水ヶ江城
第14代龍造寺康家が村中城を次男の家和にゆずって水ヶ江に隠居し館を設けた。更に分家筋の家兼(剛忠)にゆずった。家兼は龍造寺氏の守りを強化するために城を築く。それが水ヶ江城である。このことは大内氏・大友氏の攻撃に備えるためだったと思われる。家兼(剛忠)は戦国武将として活躍し、分家が本家村中城をしのいだという。龍造寺隆信はこの地でうまれた。
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蛎久市場跡
文徳天皇の天安2年(858)勅許を得て、芸州宮島の市、築州西府の市、肥前蛎久の市が開設された。蛎久の市は主として中国貿易を営み、日中人雑居の市であり戸数3000余に及び、殷賑を極め、絹布、宝玉豪商軒を並べ、歌舞音曲も盛んであった。当時製作販売する所の商品の特産物を坐と言い、商品の種類によって五坐、六坐などと呼び、例えば線香、煙草、秤、元結、火薬なども各一坐と言ったものである。現在市場跡として恵比須、大黒天石像がある。また昔の繁華の面影を偲ばるるものとして、西川原より東の出口鶏殿小路辺に至るまでの道は、昔のままでその道幅の広い事で想像される。