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鍋島産業組合(農協)
鍋島町は昔はほとんどが農家で、農協は鍋島町としても重要な施設でした。昭和6年に農会が鍋島村役場内に併設され、農家の経営や技術指導を行ってきたが、昭和12年に村役場の南に産業組合として新築され独立し、終戦後には農業協同組合となり、昭和41年に佐賀市に合併して、佐賀市農協鍋島支所となった。その後、300m北の現在地(開成三丁目)に建物が移転している。 鍋島町は市街化と共に開発が進み、新栄、開成と行政校区が分離となり、自治会組織は独立して運営されているが、農家組織である生産組合は従来どおり鍋島町の農協組織の中で運営がなされている。
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寳持院跡西川内観音堂と観音像
西川内公民館児童遊園地に接して観音堂があり、千手観音像が安置されている。これは、廃寺となった寳持院の一部と考えられる。今まで地域の有志で維持・管理と祭祀が続けられてきている。平成7年(1995)、公民館と併せて観音堂も改築され、千手観音像の修復も行われた。観音像の詳細は、誰もが知らずにただ崇拝だけは途絶えることなく続けられてきた。これの修復の機に観音像の底部に墨書が判明、像の詳細を知ることが出来た。 像高40cm弱の小ぶりの千手観音坐像である。材質・造りなどの価値判断は出来なかったが、墨書から貴重な歴史資料、文化財として高く評価できるものである。 「観音像底部の墨書」(原文) 肥前小城郡西郷醫王山三岳寺 住持義完叟謹奉拝刻 為悉皆成佛者也 正徳二壬辰年十二月吉祥日 願主村田隠岐殿御内方 作者=小城市小城町池上の三岳寺、5世住職義完 [注]三岳寺:徳川家康に信任が厚かった学僧・閑室元佶が開山。 義完(寛):三岳寺5世、僧名・慶信、仏師名・栄信、三岳寺所蔵の県重要文化財の千手観音菩薩坐像、閑室元佶像は和尚の作。 願文=完全に佛になること、佛の世界に入ることを願い先祖の菩提を弔う。 時期=正徳2年(1712)12月、父・村田政辰が宝永8年(1711)2月20日に卒し、一周忌を済まし、三周忌前と考えられる。 [注]正徳2年の頃は、『葉隠』の口述者・山本常朝と筆録者・田代陣基が語り合った時期。2代藩主・鍋島光茂の側室・霊寿院が亡夫追善の法華経一千部を読誦、結経の碑「大乗妙典一千部」塔の建立と同時期。 願主=久保田村田家の政辰、同室の養子・村田隠岐守政盛{寛文11年(1671)〜享保18年(1732)}の室(夫人) [注]村田政辰:実は鍋島直弘(初代藩主・鍋島勝茂の四男、白石鍋島家)の二男、村田氏久の養子、氏久の娘婿。 村田政盛:実は鍋島光茂(2代藩主)の五男、村田政辰の養子、政辰の娘婿、母は霊寿院か。