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疣取り地蔵
金立町野田の諸岡氏宅入口付近に疣取り地蔵の六地蔵が祀られている。 地蔵山とも言われて、4畝位の金立町野田地区共有の小高い山林に祭祀されて大切にされていた。 また、他地区の人たちも疣取り地蔵さんと崇めて、お参りされていたようである。 あるとき、誰かがこの六地蔵を持ち出して自分の屋敷内に祀ったところ、疣がたくさん出来たため、慌てて地蔵山に戻してお詫びをしたところ、疣が直ったという謂れもあるそうである。 地蔵山は、戦後諸岡氏が購入して屋敷となっているが、野田地区で小さな御堂を建てて祀られている。碑文や願文もないため、過去のことはわからないが、昔医者がいなかった時代の生活の一端が垣間見えるようである。
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野中烏犀圓
登録有形文化財
野中家は、「野中烏犀圓(のなかうさいえん)」の製造販売を家業とする老舗で、初代源兵衛氏が寛政3年(1791)の創業であり、寛政8年(1796)には、生薬「烏犀圓」の製造販売が藩から許されている。 この時に烏犀圓建物が建築されたと伝えられている。冷善楼と呼ばれる座敷と店が古く、それ以外の部分は昭和初期の増築である。座敷に掛けられている「冷善楼名記」には、文政3年の奥書があるので、文政3年(1820)以前に建てられたことを裏付けている。 広く街路に面する漆喰壁、正面中央の大破風、看板を吊るす屋形が江戸期の商家の風情を伝え、長崎街道の歴史的景観形成に寄与している。