佐賀の花

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佐賀の花

■所在地佐賀市(日新)
■登録ID2583

  大正6年(1917)〜昭和50年(1975)
 染め物屋北村忠太夫の第4子として、佐賀市八戸町に生まれる。名は勝己。昭和5年(1930)3月日新小学校、佐賀高等小学校を卒業。16歳の時、横綱玉錦に見込まれて二所ノ関部屋に入門。当時身長170㎝、体重75㎏でさほど大きい方ではなかった。
 鋭い立ち合い、一気の寄り、つりで頭角をあらわし昭和17年(1942)夏場所小結、昭和18年(1943)春場所関脇、昭和19年(1944)春場所13勝2敗で初優勝を飾り同年夏場所で大関に昇進した。
 昭和27年(1953)1月引退、以降、二所ノ関部屋を運営、二所ノ関親方として不世出の横綱大鵬、大関大麒麟を育てた。昭和39年(1964)1月、日本相撲協会取締役に就任し活躍した。
 なお、日新小学校のシンボルの一つとして知られる初代「少年の像」は、昭和4・5・6・7年卒業の連合同窓会が中心となり、昭和40年(1965)10月建設され、二所ノ関親方も寄進者の一人であった。現在の「少年の像」は、損傷が激しかったため、昭和49年(1974)にブロンズ像に再建設されたものである。
 また、親方の母校愛により 「二所ノ関勝己体育奨励基金」が設定され、毎年開催される校内相撲大会の賞品代にあてられている。

出典:日新読本p.176〜177