鍋島直正夫人盛姫

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鍋島直正夫人盛姫

■所在地佐賀市本庄町
■年代近世
■登録ID880

盛姫は11代将軍家斉の最も愛する姫で15歳のとき、12歳の花婿直正に文政8年(1825)12月27日輿入をなす。直正は天保元年(1830)17歳になり家督を相続し、10代藩主となった。当時の藩の財政は度々の風水火災にて窮迫していたので藩政改革を決意した。
天保6年(1835)困窮の佐賀藩に追い打ちをかけるように佐賀城二の丸が焼失した。この時盛姫の斡旋によって幕府から築城費を2万両貸与された。これが基となって天保9年(1838)に新城は完成した。直正が右近衛少将に昇任したのも盛姫の働きによるものであった。
また盛姫は進んで藩の改革節減に協力し費用を節約した。当時の騒然たる社会情勢の中にあって、英明な直正は西洋知識を導入し、長崎警固に励み、維新の人材を生み、数々の業績を残した。盛姫は夫君を助け貢献したが、37歳の若さで、弘化4年(1847)に逝去した。高傳寺墓地内に「文粛夫人」と標された墓がある。

出典:かたりべの里本荘西分P.127本荘の歴史P.45