山口亮一旧宅

山口亮一旧宅

■所在地佐賀市与賀町1368番地
■登録ID455

旧宅の主屋は、山口亮一画伯の養祖父にあたる梅堂が10代藩主鍋島直正公の御典医としての地位を得た天保期に、白石の須古にあった建物を解体し、現在地に移築したと伝えられている。建物は、平成4年に佐賀市に寄贈された。
 主屋の屋根は、寄棟造り茅葺きの上屋を桟瓦葺きの下屋が巡る形式である。
 外壁は、街路に接する面に腰高の竪板をはめ、上部を漆喰で塗込めている。
 明治期に大幅な増築や改造が行われ、戦後、市の所有となるまでの間に明治期に増築された人力車庫、茶室等も解体され、移築当時の姿を伝えるのは茶の間、納戸のみである。
 しかし、複雑な経緯を辿りながらも、明治期の佐賀を代表する洋画家として知られる山口亮一画伯が生活した住居としての由緒、街路と屋敷構え、そして水路が一体となった歴史的環境としての価値は高い。

出典:佐賀市HP

山口亮一旧宅は、築200年を超える茅葺きくど造りの武家屋敷です。建物は老朽化も進み危険な状態であったため、解体する話も進んでいました。平成15年、佐賀県美術協会をはじめ多くの市民や市民団体から存続の為の署名活動や寄付がなされました。
NPOまちづくり研究所が佐賀市から改修の委託を受け、市民の手により甦り、今日に至っています。平成18年度には「22世紀に残す佐賀県遺産」に指定されました。
また、平成19年度から平成21年度にかけて、茅葺き屋根の葺き替えが行われました。 

出典:山口亮一旧宅パンフレットより

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