旧川久保宿場通り

旧川久保宿場通り

■所在地佐賀市久保泉町大字川久保
■登録ID2948

 神代勝利は中世時代にはこの北部の山地を根拠に勢力を保っていた。藩政時代になると神代家の配分地となりその中心所領となった。他方では佐賀から鳥栖、脊振、小城と交通の要所として栄えた。宿場は旅する者にとってまさに憩いの場であった。駕籠や馬にゆられて行く人、或いは歩いて旅をする者さまざまな旅人が疲労と空腹で宿場にたどりつき宿場の家並みと旅館の看板に心を安ませたことがしのばれる。この宿にも大正時代まで数軒の旅館があったといわれているが今はその面影をみいだすことができないが、諸処に当時の武家門とその遺構は昔日を物語っている。

出典:金立・久保泉地区文化財要覧p.34