九郎堂(淀姫神社)

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九郎堂(淀姫神社)

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■所在地佐賀市富士町大字古湯961
■登録ID2763

 古湯の淀姫神社境内に九郎堂がある。九郎堂は古湯の天河(字姥ケ谷)に建立してあったが、明治9年(1876)の神社合祀にさいし現在地に移転したものである。
 延元元年(1336)、後醍醐天皇を擁した肥後(熊本県)の菊池武敏、阿蘇大宮司惟直とその弟九郎惟成らは、筑前多々良浜(福岡市東区)に足利尊氏の軍勢を迎えうったが、戦い利あらず、敗れて、小城の千葉氏の領内へと逃れた。しかし寝返った千葉氏によって惟直は、白坂峠(小城、富士町の町境峠)にて戦死をした。九郎惟成も重傷を負ったが家臣の原隼人に背負われ、命からがら古湯に逃げ隠れた。惟成の傷は古湯温泉の湯で回復し、この地に九郎堂を建立して永住したと伝えられる。原隼人の子孫と伝えられる古湯地区の原姓の人達により九郎神社の碑の前で九郎さん祭りが行われていた。
 阿蘇九郎惟成の落人伝説は富士町のほかに七山村、浜玉町、厳木町など天山北麓に伝説として残っている。

出典:富士町史下p.628

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