古賀 残星

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古賀 残星

■所在地佐賀市久保田町
■登録ID1508

明治36年〜昭和43年(1903〜1968)文学者
 久保田町中副の花火師、古賀伊作の長男として出生。本名は又作、思斉小学校卒業後、佐賀師範学校へ進学。柔道部で活躍、文学を嗜み文武両道を志した人である。
 大正13年同校卒業、東松浦郡切木小学校に赴任、教職の傍ら詩を中心とした総合文芸同人誌『牧人』を創刊。県内の青少年文学者は勿論、小川未明・宮地嘉六・福原麟太郎・中島哀浪など全国的に有名な作家も投稿した。表紙絵は山口亮一、扉絵は田原輝夫、目次絵は山口孝行と豪華な顔触れであった。大正14年東京高等師範学校体育科に進学、卒業後は新潟県中蒲原郡村松町の県立村松中学校(旧制)に体育科教師として奉職、特に柔道の指導に尽力した。辞して東京に戻り、学校柔道の啓発・社会柔道の論評に健筆をふるい、全国を巡回し柔道の普及に努める。『講道館今昔物語』『黒帯の青春』『嘉納治五郎』など著書も多く、代表作に小説『天才永岡十段』−和して流れず−がある。
この小説は昭和29年6月、『柔道物語』というNHKの放送番組で3回に亘り放送された。本は同年11月に東京の春歩堂から発刊された。郷里久保田を愛し、思斉小学校の校歌は残星が作詞した。詩集『空に翳す』『煙』等があり、教育文化に貢献した。昭和42年求められて富士町史に「掘り出した宝石」という一文を掲載した。翌年の10月、古賀残星は病に倒れた。講道館七段追贈される。享年65歳

出典:久保田町史 p.338〜339