王子神社(若王子権現)

  1. 神社仏閣
  2. 神社
  3. 検索結果
  4. 王子神社(若王子権現)

王子神社(若王子権現)

■所在地佐賀市本庄町大字本庄173
■登録ID765

昔は鬼丸の宝琳院南、古江湖川の中の島に祠堂はあったが、現在は瑞応寺境内の東に移し祀ってある。
祠堂の前の明神鳥居の柱銘には、「佐嘉郡大井樋村医王山瑞応寺敬白。奉寄進御宝前氏子中天明三癸卯年(1783)二月吉祥日。」額束に「王子神社」と刻んである。
王子権現の由緒に関しては、色々話が残っている。その内の一つ『若王子権現縁起』による徐福祭神説を原文により紹介する。
「列山伝ニ曰く徐福字若房秦ノ始皇ノ時ノ道士ニシテ篤学ノ誉高キ、神仙ナリ。常ニ島嶋海辺ニ遊行跋渉養神ヲタヅネ、施薬施療万人ヲ利生シ、枯黒ノ難病ヲ治ス、尚風向帰航ヲ扶ク、神仙生涯ノ偉業実ニ大ナリ、而モ自五百年ノ長寿ヲ保ツト曰フ、本邦ニ來朝セラレルヤ有明海ニ入リ、筑後川嘉瀬川ノ河口付近ニ上陸、現在浮盃本庄間位侍数百人ト供ニ金立山ニ登ル。若王子権現社モ亦上陸乘船居住等垂迹地ニシテ、碇島左右ニ在り、其江頭ヲ望ム。社名村名ニ若ノ一字ヲ冠スル深ク旨アリ。爾來久シク、後人ノ指標追慕敬仰スル所、遂ニ文明中大宰少貳教頼、地頭龍造寺康家ヲシテ之ヲ修造セシム。同時ニ若村ヲ大井樋村卜改称ス。代々国主又之ヲナラフ。特ニ隆信公願書ヲ当社ニ納メ、翌日合戦大ニ利運ヲ得、袋、末次二村ヲ報賽シ社殿ヲ造営ス。是公ノ勝始ナリ
 以下略
末尾〜蓮華寺旧跡、瑞應寺、若王子権現社ハ三位一体ナリ」

出典:かたりべの里本荘東分P.4本荘の歴史P.101

地図