小森 ナカ日本婦人の鑑

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小森 ナカ日本婦人の鑑

■所在地佐賀市巨勢町
■年代近世
■登録ID673

嘉永元年(1848)3月11日、小森ナカは大字牛島5番地に生まれた。父は喜助、母はセツという。男子が誕生しなかったので、藤津郡吉田村の農業・宮崎慶次郎の二男清七をナカの夫として養子に迎えた。一家は小作農で生活は貧しかった。夫婦の間には1男4女ができ、和気に満ちて家運もよくなると思われたが、ナカが29歳のとき、不幸が襲いかかってきた。夫の清七が明治10年6月に病死、続いて父喜助も翌11年に、持病の喘息で長く病床についた。一家8人の生活が、ナカの肩にかかってきた。
ナカは心を強くして勤労に励み、農業の合間に、神社などの祭りに出かけ菓子・果物を商い、農閑期には縄をない、子どもの世話もよくみた。さらに、病床の老父の看護を精魂をこめて尽くした。しかし、明治17年父は病死した。その間7か年、孝養をつくし婦道を発揚したとして、明治17年3月佐賀県令鎌田景弼から表彰され、金1円が下賜された。
その後は、老母の孝養につとめ、娘たちを見事に育てあげ嫁がせた。母は、明治40年に亡くなった。小森ナカは、模範的な婦人像として、郷土に不滅の光をなげかけている。

出典:巨勢P.20