真崎 誠乃木大将とともに学習院で皇太子教育

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真崎 誠乃木大将とともに学習院で皇太子教育

■所在地佐賀市巨勢町
■年代近世
■登録ID671

真崎誠は明治7年8月18日(1874)巨勢町下新村で、父真崎利平と母ツネの長男として生まれた。幼年の頃から秀でた知恵の持ち主で、大人を圧倒することも度々であったという。勉強好きで、佐賀中学校より第五高等学校に進み、さらに東京帝国大学の政治科と国史科を専修したが、常に成績優秀であり、特に大学時代には旧佐賀藩主鍋島家の奨学資金を授かった。明治32年には東京帝国大学大学院研究科を修了して、内閣総理大臣秘書官室及び内閣書記官室の勤務に就き、一方教育者として、当時の日比谷中学校、麻布中学校で教鞭を執った。明治35年には学習院大学の教授となり、学長乃木希典の指導のもとに教育活動に専念した。明治43年より45年まで、歴史地理学の研究と各国の教育制度調査を兼ねてフランスに留学し、ロシア及びヨーロッパの全諸国を見聞するとともに、アメリカ合衆国にも渡って視察を重ねた。帰国後は留学の成果を発揮して教育界で活躍し、大正2年の三重県師範学校長をふりだしに群馬県師範学校長、山口県師範学校長を歴任した。昭和3年にはその業績にもとづき勲四等瑞宝章を授かった。

出典:巨勢P.19