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「久保田町」「人物」「人物」は43件登録されています。

  • 村田 若狭

    文化11年〜明治6年(1814〜1873)政治家  久保田邑主。龍造寺政家の後裔。名は政矩、慶吉郎、「西麒」と号す。 深掘邑主鍋島孫六郎の次男で村田家を継ぐ。表高1万3080石、物成4300石を有す。家督を相続直後、邑地の海面を干拓して良田となし、大に民力の扶植に努めた。藩主鍋島直正及び直大の信任を得て常に家士を長崎に遊学させ蘭学を修めさせ郷校を再興し、西洋文物の普及を図った。文久年間には幕府の蘭医ボードインを招き...

  • 江口 六蔵

    文政6年〜明治23年(1823〜1890)政治家  久保田町の快万に生まれ、思斉館に学びのち同館の都検を勤める。快万寺子屋を経営、庶民教育に尽力した。明治11年(1878)長崎県管轄下の頃、佐賀郡選出の長崎県議会の議員となる。明治12年長崎県臨時県議会で副議長となる。(議長は小城郡選出の松田正久)明治13年7月県議会議員を辞任、同年同月2代目杵島郡郡長に就任。明治16年5月9日、佐賀県が長崎県の管轄から独立し佐賀県議会が...

  • 蒲原 敬一

    弘化2年〜明治44年(1845〜1911)官吏・政治家  久保田村久保田宿の石川又蔵の次男として、出生。蒲原佐内の養子となる。  明治20年(1887)2月、沖縄県の司獄官となる。能吏として重く認められ、しばしば賞賜を受けている。明治35年(1902)5月、官を辞して帰郷し、第10代久保田村長に就任。激しかった政争を良く取りまとめ、久保田村を和楽の地となし、村財政を建てなおすなど大きな業績を果たす。大正元年(1912)12月、そ...

  • 大島 定吉

    安政3年〜昭和17年(1856〜1942)政治家  久保田村搦の大島龍七の3男として出生。学才には乏しかったが機智に富み、喧嘩太郎で有名だった。押しの強さには定評があり、議論をして人に譲ることはなく、頭の閃きが早く、その才覚他に類例なし、反骨精神で村会議員は勿論、佐賀郡会議員まで掌中にした。村内の政党は石川又八を初め政友会優勢な中で、大島は1人憲政会で活躍した。昭和9年佐賀板紙株式会社の流す悪水問題が、漁...

  • 本野 一郎

    文久92年〜大正7年(1862〜1918)官吏  久保田の小路出身、本野盛亨の長男。フランスのリヨン大学に学び、帰国後外務省に入り翻訳官、参事官、政務局長心得・公使館書記官等を歴任。この間、明治26年には、法学博士の学位を獲得している。明治31年には特命全権公使となりベルギー、フランス、ロシアに派遣される。日露戦役前後の困難な外交交渉に功績をあげた。同41年には全権大使となり再びロシアに在勤、日露協商条約を締結...

  • 石川 又八

    明治10年〜昭和10年(1877〜1935)政治家  久保田村久保田宿、石川謙助の長男として出生。大阪市立高等商業学校卒業。明治36年頃、農業改良に熱意を傾注し、正条田植奨励のリーダーとして活躍。村内の篤農家を中心に晩生稲一本化の時代を力説、大正2年の全国5石収穫懸賞会でその成果が認められ入選した。同年9月12代久保田村長に就任。佐賀郡会議員に連続当選、大正3年10月郡会議長となる。佐賀県議会議員2回当選。同7年、昭和...

  • 市川  潔

    明治13年〜昭和25年(1880〜1950)政治家  久保田村小路にて、市川太兵衛の次男として出生。もと古賀の住人で、龍造寺の子孫といわれている。現在の姓は旧藩政時代より使用してきたものといわれている。祖父伊兵衛は戸長役場当時の筆生用掛として勤め、父太兵衛も行政に関与していた。本人は郡役所の書記として4年勤め、その後、東邦電力佐賀支店の営業課長として敏腕をふるう。ついで松島炭坑の用度課長などを歴任し、県下炭...

  • 御厨 栄

    明治15年〜明治40年(1882〜1907)官吏  久保田村上新ケ江、御厨卯兵衛の4男として出生。明治33年県立佐賀中学校(現佐賀西高校)を卒業。刻苦勉励し、翌年外務留学生試験に合格、オランダ留学を命ぜられ、横浜港より日本郵船の若狭丸にて渡航、着任地ハーグに到着。語学習得のためハ−グの中学教師にオランダ語の文法・作文・会話を学ぶ。退役陸軍大尉方に止宿、朝夕夫妻の語学指導も受け語学の習得に励んだ。明治39年オランダ...

  • 下平 多作

    明治20年〜昭和43年(1887〜1968)政治家・獣医師  杵島郡朝日村大字中野字川上、下平作一の次男として出生、小学校卒業後は県立佐賀農学校に進学。牛馬等の家畜に興味を持ち、更に大分県立農業学校獣医学科に学び、一段と向学心に燃え東京帝国大学農学部獣医学講習科に入学、研鑽を重ねる。卒業後久保田町徳万において獣医師を開業。昭和20年佐賀郡市畜産組合を創立、組合長に就任。推されて佐賀県畜産組合連合会会長の要職に...

  • 高森 豊吉

    明治23年〜昭和59年(1890〜1984)政治家  久保田町上恒安に於いて、高森和三郎の長男として出生。謹言実直、人の意見に耳を傾ける人で、若い頃は税務署に勤務・後役場職員となり、その手腕が認められ収入役・助役と昇進し、昭和7年(1932)1月、19代久保田村長に就任。戦時体制下で苦難に満ちた村政を担い、終戦に至るまでの14年間、ひたすら村民の健康・安全を願い、国への協力にも余念がなかった。昭和20年(1945)8月15...

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