検索結果

「東与賀町」「民俗・芸能・習俗」「その他」は7件登録されています。

  • 荒神

    かつては、どこの家庭でも庭中の奥の釜屋にヘッチィ(かまど、くど)が座っていた。ウーベッチィ・ナカガマ・キーベッチィなどと大量の煮たきをする大釜から茶沸かしやおかずの煮たきに用いる大小のかまどが、4連ほどあった。 「へ」は煮たきの道具で「へつ火」が訛ってヘッツィ(ヘッチィ)となったといわれ、火の神をさすことばともなっている。物を煮たきする火所は食生活の要をおさえている神聖な所であるから、そこが火を...

  • サギャアシ

    竹馬のことを佐賀では「サギャアシ」といった。鷺足が語源であろうといわれている。節のそろった真竹に横木を工夫してつける。高さを競い家のひさしに届くようなものを作った。 片方の馬を肩に担いでするケンケンの芸当もある。

  • ネンポウ

    雑木(ビャーラ)の束から適当な木を選んで先端をとがらして作る。 田んぼなど適度に乾いた土のうえで順番をきめ負けたものが先にネンポウを地面に打ち込み、順に相手の棒を狙って地面に打ち込んで倒せば自分のものとなった。 打ちこんだネンポウが地面にささらず倒れたら、倒れたのをめがけて打ちおろし、あたれば自分のものとなった。

  • ヨシの子倒し

    長さ30cmほどのヨシの子を互に立てかけ2、3m離れたところから、1本のヨシの子を根元を先にして投げかけ倒した分をとり多く取った方が勝ちとなる。

  • オハジキ

    ネコギャー(猫貝)という小さな貝を、数をきめて出しあい順番をきめてふりまいて、当てようと思う貝と貝の間に小指をすべらせ、はじいて当てたら自分のものとなり次々とくり返す。はじき損ねると次の人に替わる。 後にガラス製のハジキができた。また素焼の土器や、それに顔の形を削ったものもあった。

  • 青年宿

    立野の男子青年は古来自己の家庭には寝ずに、数名ずつ集まって他人の家に宿泊するという習慣があった。その宿泊する家のことを「青年宿」と呼ばれ、徳富春雄・野中十郎・増田政一等の住宅がよくあてられたそうである。毎日の風呂も昔からもやい風呂で、隣り近所の4・5軒が一緒になり、しかも男女混浴の姿であった。夕方から夜半にかけて20数名から30名位の人々が入浴を楽しんだ。使用する水はほとんど堀水をバケツで汲み入れ、...

  • 大野の宮角力

    繁華街の映画館や娯楽設備に恵まれない農村の田舎では、古来自らの慰安を求め娯楽を楽しむために、腕自慢や力競べ等の運動競技が盛んであった。本町でもその例にもれず、特にこの大野村では若い青年層を中心に中老や少年を交えて格闘技の一種である角力熱が旺盛であった。始めは各周路毎に野っ原での草角力から出発し、漸次お宮の境内に片やを作り、後には村中央の青年会(現在の公民館)西側空地に立派な土俵を築き、祭日や余...

総合検索
サイト内検索

ご利用案内
comodo ssl