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「川副町」「産業」「農業」は4件登録されています。

  • 汲桶

     川副における農業的水利用の特徴は、わが国の殆どの水田地帯のように、高い河川や溜池から水をひいて田をうるおすのではない。そうではなくわざわざ低い堀に水を溜め、高い田にこの水を汲み上げて水をまかなった。つまり「自然灌漑」ではなく「揚水灌漑」なのである。掛け流しではなく汲み上げるのであるから、同じ水を反復利用することになる。  ここでは「水は高さより低きに流れる」 の自然の道理がそのままでは利用され...

  • 足踏水車

    「汲桶」はやがて「足踏水車」にかわる。一般に「ふみぐるま」というが、この発明は揚水作業に大きな変革をもたらした。文字どおり、足で水車の羽根を踏んで連続して水を押し上げるので、汲桶とは比較にならぬ能率であった。中国からの輸入とする説もあるが、おそらく国産であろう。江戸時代の著名な農学者・大蔵永常は、その名著『農具便利論』(文政5年・1822年)のなかで、この踏車の発明者を大阪に住む京屋七兵衛と同清兵衛だ...

  • 犂耕

     いったん汲み上げた水を、なるべく長く田にとどめるためには、第一に田の耕盤を固く締めて漏水を防ぐことであった。これは犂を用いて行った。  一般に馬耕は水のはいらない乾田(からた)を、犂で耕起・反撃せるのがごく一般的である。わが国で広く行われてきた馬耕、あるいは牛をふくめた畜力耕はすべてそうであった。ところが川副をふくめた佐賀平坦の馬耕は、もちろん乾田(からた)での耕耘を行うが、それに加えていまーつ重...

  • ゴミクイ

     クリーク農法のいま一つの特質は、堀の泥土揚であろう。堀には年々泥土が沈澱する。この泥土を「ゴミ」という。「ゴミ」を汲み上げる作業だから「ゴミクイ」とよぶ。ただ堀のゴミは誰が揚げてもいいというわけでははない。堀の水はそれに面した田主が、自由にいつどんな道具で汲み上げてもいいが、泥土にはその所有主が決まっている。一般に佐賀平野では東西にのびる堀は、北側の田主にゴミの所有権があり、南北の堀では大体...

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