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「三瀬村」「民俗・芸能・習俗」「祭り」は8件登録されています。

  • 厄神祭(やくじんまつり)

    旧暦1月15日に行なわれるが、新暦では2月のうちにはいる。  医学の発達していなかった古い時代には、疱瘡や風邪その他もろもろの流行病は、人知では防ぐことのできない病気で、人々の生命をおびやかすものとして非常に恐れられた。このような悪疫の原因は、悪病をはやらせる力をもつ神のしわざであると信じ、その神を疫神あるいは疫病神とよんだ。この疫病神が分散活動して村々を襲い、悪疫をはやらせるとして、その活動を鎮め...

  • 川の神祭り

    地区によっては春と秋の彼岸にカワンカミマツリを行なう。  土師地区の例では、川端に4本の竹を立ててシメナワ(注連縄)を張り、川の神を迎える祭壇をつくってお祭りをする。  お供えとして、オミキ(御神酒)・シトギ(生米を水に漬けて搗いたもの)・ゴックサン(モチ米御飯で円錐形ににぎったオニギリ)・ナマス(酢のもの)・ニッケ(魚菜を煮た料理)などを、ヒョウゴザラ(藁で作った食器)にのせて供える。  祭礼の...

  • 城まつり

    新暦5月7日に宿地区住民の主催で、勝玉大明神の城まつりが行なわれる。勝玉大明神は戦国時代の名将、三瀬城主神代勝利を祀った神社である。この祭りのことを「ジョウ」と言って、古くから山内全域から参詣者が集まり、全村的に最も盛大な行事となっていた。  この地区の城山には、天文・永禄年間、神代勝利の居城があった。肥前国誌には三瀬城のことを次のように記してある。  「三瀬城は川上の北に在りて、北は北筑に界す。...

  • ベンジャーサン祭り

    弁才天祭りで、5月12日・13日に、井手野柳瀬部落で行なわれる。この日は脊振山の弁才天祭りも行なわれる。  弁才天は弁舌の才を助け知恵の福を与える神、あるいは、詩歌・音楽をつかさどる女神といわれている。梵語の漢訳で美音天・妙音天・大弁功徳天・弁天などともいい、インドで古くから川・弁説・学問の神として信仰され、仏教では、その無限の弁才によって仏法をときひろめ、人間に幸福と子孫をもたらしてくれる神とされ...

  • 地蔵祭り

    地蔵様は仏教にいう菩薩の1つで、わが国では観音様とならんで民間に根強く信仰されている。仏教では、釈迦の涅槃の後弥勒の登場までの、無仏の世界を救ったと説かれている。六道(天上・人間・修羅・地獄・餓鬼・畜生)のいずれにも現われるということから六地蔵の考えもうまれた。とりわけ地獄では亡者にかわって苦しみを受けてくれるという。この世とあの世との境にあって、冥途におもむく者を救ってくれるという面がひろく受...

  • 薬師祭り

    本村で薬師如来を祀ってあるところは、土師のお薬師さんや谷・中園地区の薬師堂である。  薬師如来は万病を癒してくれる仏として、広く信仰されている。仏教では、薬師如来は東方の浄瑠璃世界の教主で、病苦を除いて人々を救うことを願い、12の誓いをたてたと説かれている。そのような薬師信仰は我が国にも早くから伝えられた。 ことにこの仏を念ずることによって重病人でも生きのびるというので、奈良時代には貴人の病気平癒...

  • くんち

    古くは旧暦9月9日の祭りであった。九州地方ではおくんち祭りが盛んで、9日でない祭りまでおくんちと呼んでいる土地が多い。 9月の9日・19日・29日を3くんちといい、ナスビを食べる慣習が広いといわれる。中国では9月9日を陽の日の重なるめでたい日として重陽といった。 1桁の奇数のうちで1番多い数である九が重なるという意味で「菊の節句」と呼んで、菊酒を飲むならわしもあった。  また、くんちは「供日」と書き、稲作の豊作...

  • 大祭り

    大祭りを全国的には「霜月まつり」といい、陰暦11月に行なう収穫祭である。宮中の行事としての神嘗祭や、村の鎮守でやった秋祭りも、みな同じ意味をもち、日本の祭りとして重要な祭事とされた。  村内には地区の氏神が9社あるが、祭りの日数や様式は各社によって多少異っている。 古くは収穫が終ってから、約1か月の物忌の期間を経て収穫祭をしていた。この祭りの日取りが地区によって異なるのは、土地による農事の遅速とも関...

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