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「三瀬村」「神社仏閣」「寺」は6件登録されています。

  • 藤原山 延覚寺

    三瀬にあって最も早く浄土真宗の寺として認められているのは延覚寺である。  慶長元年(1596)2月僧教西(『延覚寺文書』では教清となっている)開基、三代永賢の代慶長16年(1611)5月16日に本願寺より木仏(本尊阿弥陀如来)が下され、永賢坊と坊号を拝受している。「金蔵寺正智」 の自筆副状が現存しているのに4代純誓代、寛永12年(1635)10月5日、坊号を願い替えて「延覚寺」となし山号を藤原山と称している。  幕藩体...

  • 松尾山 善正寺

    元脊振山天台宗配下の寺で福寿寺と称していた。一時曹洞宗に属していたが真宗寺院としては延覚寺につぐもので、慶長17年(1612年)正竜によって開基真宗へ転宗し善正寺と寺号を改め、山号を方城山から松尾山としている。山門は室町期のものと思われるし保存すべきものである。福壽寺当時のものであろう。一向宗由緒と延覚寺文書によると、 神埼郡下杠村 号松尾山 善正寺 法官 国絹袈装 開基  正竜  第2世 了西  第...

  • 梅谷山 円光寺

    明治14年長崎県庁さしだしのものによれば、元吉野山の麓字寺谷に在り、永禄中神代勝利此の寺に寓す、開基不詳、寛永中神代某を僧となし、了伝と号す。寺を今の地に移し、称して開基となす。 とある。正しく寺谷に寺趾あり、この地はもと脊振山天台宗の末寺、梅渓寺であった。中途他の諸寺と同じく禅宗曹洞派に属していたのであるが、浄土真宗西本寺派・神埼町の枝ケ里真光寺の配下にあったのであろう。鍋島文庫『一向宗由緒』に...

  • 法身山 養行寺

    昭和25年北山ダムの建設にともない福岡市博多区博多駅南3丁目18−28へ移転した。『同寺由緒』によれば  杠山字丸田村宇土に在り、古は法淋山養行寺と称す。開山を守谷禅師を以って祖とす。守谷禅師事、人皇5代清和天皇6世孫新羅三郎源義光を祖とす。義光3世孫武田冠者信義17世孫甲斐国大守武田晴信入道信玄、その子義信、信親(龍芳)、勝頼、織田氏の為に天正10年(1582)3月天目山之戦に敗れ、いまだ幼かりし守谷次右ヱ門長信...

  • 長楽山 伝照寺

    万治3年(1660)11月、開基を道円となす寺であるが、元は諸寺と同じく天台宗の末寺で前身を瑞応寺(中園在)といった。1時曹洞宗玉林寺末寺と改宗していたが禅寺として壊廃し、万治に至って浄土真宗として復興され山号を長水山後長楽山とし伝照寺と称している。  雑仏の項で掲載している 「薬師堂」の薬師三尊仏 (薬師如来・日光菩薩・月光菩薩)はこの瑞応寺の本尊ではなかったかと思われるのである。少なくとも禅家のもの...

  • 日本国山 法華経寺

    昭和46年11月26日、勝縁の地と定め、寺を設立、身延派、開山初代は力久学正で衆生利益にはげんでいる。

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