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「富士町」「人物」「人物」は53件登録されています。

  • 原初枝

     歌人  原初枝(本名松江)は、明治27年7月22日旧南山村古湯に生まれ、女学生時代より短歌の道にいそしみ、その天才的な歌は当時、日本少女の友社の認むるところとなり、月々紙面を飾ったという。明治43年京城の女学生4年のとき天才にはつきものの胸(肺)を病むところとなり、学業半ばにして臥床する身となり、唐津で転地療養していたが、ここで明治44年12月13日、看病中の母親原勇子女史が逝去し、病床の初枝の悲しみはその...

  • 斎藤茂吉

    歌人   日本歌壇の重鎮でアララギ派の総帥一歌人斎藤茂吉(当時長崎医学専門学校教授)が、古湯温泉に滞在していたのは、大正9年(1920)9月11日から10月3日までの約3週間であった。茂吉の日記に  「8月30日に友と二人で、佐賀県唐津市の海岸に転地療養していた。9月11日の朝、唐津を去り、1人になって、南山村古湯温泉に来た。ここへ来てから痰がだんだん減って、血の色がつかなくなった。2、3日してからはじめて「あ...

  • 郭沫若

     中国の詩人 〔1892−1978〕  中国の科学院長、元副総理の郭抹若が、熊の川温泉に滞在していたのは、大正13年9月30日からで、前年、九州帝国大学医学部を卒業して、福岡市の箱崎に偶居していたが、当時は日本人が中国人を蔑視していたためがまんが出来ず、妻子5人で人里離れたこの熊の川温泉へ逃避して来たのである。  郭沫若が青木書店から発刊した郭沫若作品集の下巻に、私小説ともいわれている「行路難」の下篇に熊の川一...

  • 青木繁

      画家  「天才画家」と謳われながら、中央画壇に認められず、懊悩と憤懣そして病魔への苦悩を紛らすために自から求めた酒のため益々病勢を悪化させながら、最後の力を振り絞って描いた大作「朝日」の絵を抱いて、青木繁が唐津駅前の木村屋旅館を発ったのは、明治43年10月初旬のことであった。  唐津市から小城町まで40㎞の道程を歩いて寄宿していた平島家に辿りついた青木は大分衰弱していた。  平島家では、画友江里口が...

  • 木下義行

       安政5年~昭和8年(1858~1933年)地方政治家  安政5年神埼郡三瀬村にて出生、明治7年旧小関村上関屋字下の原(現在北山湖に水没している)に移住。明治23年小関村長に就任、在職5期20年、村会議員当選2回、郡会議員3期12年。その間に、国有林原野1056町歩の払い下げに成功し村有基本財産の造成に努めた。更に義務教育諸学校の設備充実はもとより実業補習学校の設立等に力を注ぎ、名村長の誉れ高かった。  昭和8年、享年...

  • 嘉村美津羅

       明治4年〜昭和4年(1871〜1929)地方政治家  明治4年旧北山村大野に生まれ、明治26年中原嘉村家に養子。北山村長23年5か月、郡会議員4期、県議会議員2期、在職中に村営発電所の建設、官行造林300余町歩の植林、村道の開発、改修、県道の改修に努め、村立学校の理科器械の購入等教育熱旺盛で名村長の名を残した人物である。昭和4年没、享年58歳。昭和5年10月「嘉村美津羅君彰徳碑」が、鉄道大臣床次竹次郎の揮亳により建...

  • 江口彦三

       明治9年〜昭和41年(1876〜1966)軍人・地方政治家  江口彦三は、明治9年2月27日旧北山村大串にて出生、早くから軍籍に身を置き、陸軍主計中尉で退官、軍功により勲五等旭日章受章の栄誉に輝く。  帰郷後は、北山村議会議員、産業組合長、農会長等の要職を歴任、昭和26年から北山村長1期(4年)を経て、悠々自適の生活を愉しむ。昭和41年8月12日逝去、享年90歳。

  • 柴戸勝市

       明治25年〜昭和22年(1892〜1947年)地方政治家  明治25年、旧小関村下小副川に生まれ、大正6年25歳の若さで村収入役に就任、以後、助役、村長(3期12年間)等の要職に在ること27年の長きに亘り、旧小関村の発展・興隆に尽力した。  退職後更に 村議会議員1期(4年)を勤めた。昭和12年、地方自治功労者として内務大臣より表彰を受く。昭和22年3月 病没す。享年56歳。 旧小関村民は、氏の功績を称え、旧小関村役場横(...

  • 中島義夫

       明治26年~昭和22年(1893年~1947年)公務員   明治26年12月7日旧北山村麻那古にて出生、鹿児島高等農林学校卒業、宮崎県高鍋営林区に勤務し後、熊本営林署、人吉営林署次長を経て、37歳の若さで屋久島営林署長に昇任、昭和8年大分県臼杵営林署長に就任したが、直後原因不明の大病を患い、1年有餘休職、福岡営林署に復職したが健康不調のため20年3月希望退職し郷里北山村麻那古にて静養中も北山自動車株式会社の役員や北...

  • 山中義輔

       明治29年〜昭和46年(1896〜1971)軍人・地方政治家  明治29年旧南山村市川に生まる。陸軍に入隊し、大正14年陸軍士官学校卒業。日本陸軍航空界パイロットの草分け的存在であったといわれる。昭和15年勲四等旭日章を授与され、16年3月、タイ国皇帝陛下から親善飛行により『オフヰシェーレレファン、ダヒラ勲章』を拝受し、20年従五位に叙せられている。終戦時は陸軍(航空)中佐である。27年南山村教育委員に30年から村議...

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