検索結果

「大和町」「民俗・芸能・習俗」「民俗芸能」は4件登録されています。

  • 大和町の浮立

    辞典によると、「風流」と書いて「ふりゅう」と読み、鎌倉から室町時代にかけて流行した芸能の一種。さまざまの仮装をし、歌や拍子に合わせて、手振りおもしろく踊った群舞。今日でも郷土芸能の中に見られ、祭礼の山車や鉾、盆踊りなどは代表的、とあり。また、福岡博氏著の佐賀豆百科に「浮立のいわれ」として、「もともと浮立は風流という意味から生まれたもので、平安時代から鎌倉時代にかけてはざん新とか、奇抜といった意...

  • 平野の浮立

    (平野地区の笠原義治氏、村岡与六氏提供の資料による)   ① 実施期日  以前は毎年旧暦の9月15日、産土神社祭の時行われていたが昭和初期から旧川上村は毎年10月15日にお供日をするようになったので、浮立も10月15日に変更している。   ② 起源  平野の浮立がいつごろから起こったのか判明しない。掘江神社の社記では、雨乞いのため浮立を奉納するとあるが、その他もろもろの災難から逃れ、五穀豊穣、家内安全をも祈願し...

  • 池上の浮立

     池上浮立については平野浮立と大同小異である。池上浮立については何の記録もないのでその起源は不明であるが、同地区の永渕喜六民らの話によると少くとも100年以上を経た古いものであるということである。池上浮立は嘉瀬から伝わったものといわれ、さらにそれが久留間へ伝わったという。池上は昔から水害が多かったので水害除けのため水神様に奉納していたものである。水神様はもと川のそばにあったが大正年間(1912~1926)...

  • 大願寺の浮立

     大願寺の浮立も平野と同様10月15日のお供日の日に五社明神の秋祭りに奉納していたものだが、戦後は復活しないままになっている。鉦浮立で天衝舞を伴い平野浮立と大同小異である。大願寺では安永年間(1772~1781)、文化年間(1804~1818)、明治の頃の古い記録が残っているが、その中今を去る安永3年(1774)の記録の中に「浮立諸道具相調候貫銭目安」というのがある。これは浮立に使う道具類を新調した決算報告書で、貫銭と...

総合検索
サイト内検索

ご利用案内
comodo ssl