勘右衛門と銭くそをたれる馬

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勘右衛門と銭くそをたれる馬

■所在地佐賀市富士町
■登録ID2892

 むかし。今ん唐津んにき、勘右衛門て言う悪知恵の働く男のおったて。勘右衛門には、よっぽいケチかおんじさんのおらしたて。そのおんじさんな、銭はどっさい持つとっくせ。いつでん我銭はいっちょでん出そうでさっさんやったて。
 ある日、勘右衛門は、「どやんじゃいして、あのケチおんじいば、きゃあくいだまゃあて、銭ばとってくりゅうで思うばってんが、何じゃいよか知恵のなかろうかにゃあ」て言うて、道ばたで考えよったて。
 そこさい、よろよろして、今でんたおるっごたっやせ馬ば引いた馬方の通りかかって、
 「あーあ、ほんなごてくたびれた。こぎゃん馬ば持っとったっちゃあ、もう銭にゃあならんし、そいけんちゅうて、飲みゃあは食わせんばなんし、ほんなごてこりゃあ、やっきゃあもんばい。えーくそ、一服して行くか。」て。言うて、道ばたの石にすわって、タバコばふかしはじめたて。そいば見よった勘右衛門は、"パチン"てばたたいて、ニタニタしながら馬方に近づいて、
 「よーい、馬方さん、よーいさい」
て言うて、声ばかけたて。馬方は、キョロキョロしょって、勘右衛門に気づいて、
 「おれえ言いよっかん、おれえなんの用事かん」て言うたて。勘右衛門は、「うん、おとんさい。何ちゅうて用事はなかばってん、ちょっとばかいその馬ば見せてどまくれんゃいかて思うて」
 馬方はぐらいしたごと、
 「ちぇ、何じゃいかて思うとっぎ、そがんこつや。そがんこつないやしいもんたん。穴んほぐっぐりゃ見てくいやい」て言うたて。勘右衛門は、そのやせ馬ば見ながら、馬方に、
「のう、馬方どん、おとんなこの馬どがんしゅうで思うとっかん。こりゃあ飯み代が高うつきゃあせんかん。食わしゅうでおおごとじゃろうだん」
 「うんさい、こりゃあもう使いもんにゃならんけんが、おいもどがんしゅうかて思うて困っとったん」「馬方どん、そんないば、おれえ売ってくれんかん」
 「あーん、そりゃあもう、こぎゃん馬でよかないば、おりゃあこいよい良か事はなか。そいばってんが、ぎゃん馬ば買うて、おとんな何ぼしゅうで」
「おりゃあ、こまか時から馬ば好いとったもんじゃ、うちい飼おうかて思うて」
「ふーん、そりゃあ、銭まで出して買うてくるっない、喜んで売っくさん」
 そがんこつで、勘右衛門は、安うでやせ馬ば買うて、
 「さあて、この馬でいっちょあのケチおんじいば、きゃあくいだみゃあて、ひともうけすっか」て言いながら、家さん帰ったて。家さい帰った勘右衛門は、持っとっ小銭ば、すっぱい馬の尻の穴に詰め込んでから、
 「ようし、こいで準備はでけた。いっちょおんじい方さい行たてみっか。」 て言うて、おんじさん方さい行ったて。おんじさん方さい着いた勘右衛門は、
 「おーい、おんじゃん、おっかんたあ」て言うて何辺でん呼んだて。そいぎ、いっときしてからようよおんじさんの出てこらしたて。勘右衛門の、
 「ないねえ、おらんやろうかておめえよっぎ、おんないおっごと返事ぐりゃあしてくるっぎよかとこい」て言うたて。そいぎ、おんじさんな、
 「あーもせからしかほんなごて。返事てんすっもんかい、口動かすとのもっちゃあなかとこれ。そいぎ何の用事かい、はよ言わんか、動くぎ腹の減っとこい」
て、片目ばつぶって、片耳も手でおさえながら言わしたて。そのかっこうば見た勘右衛門は、
 「そいばってんが、なしおんじやんな、そぎゃん片目ばつぶって、耳は片一方は押さえたごとして、なんじゃいしたとかんたぁ」
て聞いたて。おんじさんは、
「ないもしちゃあおらんばってんが、目は両方で見っぎもっちゃあなかけん、片っぽ開けて見て、きつうなっぎ、あっちゃこしの目で見っごとしとっ。耳も一人と話す時ゃあいっちょしきゃいらんけんが、片一方はふしゃあどっ。そがんこつはよかけんが、用事はないかい」て言わしたて。勘右衛門は、
 「あっ、そうそう、ちい忘れよった。そいがくさんた、まあ、この馬ば見てくいやい」て言うて、つれて来た馬ば指さしたて。おんじさんな、その馬ば"ジロッ"と見たばかいで、
 「ないかいこりゃあ、こいでん馬かあ。やせこつこして、ねずい(ねずみ)の屁ふったてちゃあがうったおるっごとしとっじゃっか」て言うてうてあわっさんもんじゃ、勘右衛門は、
 「ぞうたんのごと、この馬ばそこんたいにおっごたっ馬と一緒にしてくいちゃあ困っばんた。こりゃあ見かけは悪かばってんが、日本国中探ゃあたっちゃあがおらんばんた。なにしろ銭の糞ばたるっ馬じゃけんが」て言うたて。そいば聞いたおんじさんな、
 「ないてわりゃあ、ふうけた事ばっかい言いよっか。こぎゃんおろゆうして、今でんべっばいすっごたっとの、銭の糞ばたるってんないでん、ちったあおかしゅうなかか。おいばきゃあくいだまそうで思うて、ひどかめあわすっぞ」て言うて、よっぽい腹かかしたて。そいぎ勘右衛門な、
 「まあ、そんないばよう見ときやい。おんじゃんのそこまで言うないばたるっじゃい、たれんじゃい、おいが目の前でみしゅうだんた」て言うて、馬の尻ば"ピシャ″てたたいたぎ"ポトポト"て馬の糞ばたれたて。そして勘右衛門な、胸ば張って、
 「ほら、おんじゃん、おいがすらごと言いよっじゃい、両方の目ん玉ば、ゆうっとみ開ゃあて見てみんさい」て言うたて。おんじさんな、勘右衛門があんまい言うもんじゃ、しかたなしい、馬の糞の所っさい行たて、棒の先でほじくいよらしたて。そいぎ、銭の出て来たもんじゃ、びっくいして、
 「おーっ、こりゃあどうしたこっかい、ほんなごてこの馬は銭の糞ばたれとっ、珍しかばい」おんじさんな、その馬のよっぽいほしゅうなって、
 「のう勘右衛門、こぎゃんよか馬は初めて見た。いっちょこの馬ばおれえ売ってどもくるっみゃあか」て言わしたて。勘右衛門は「しめたっ」て思うたばってん「ぐっ」てこらえて、
 「いんにゃ、こいばっかいは、いくらおんじやんでん、そがん売ったいないたいはされん」て言うたて。そいぎ、おんじさんな、益々この馬のほしゅうなって、
「のう勘右衛門、そぎゃん言わあじ、おとんもきつかろうばってんが、おれえ売ってくいろ。その替(かわ)い、銭なおとんのよかしこ出すけんが」て言わしたて。その言葉ば聞いた勘右衛門は、わんざとしかたなかごとして
 「そがんまでおんじやんの言うないば、おいも他ん者にないば、どがん高う銭ば出すて言うたてちゃあが売りゃあせんばってんが、他ならんおんじやんのたのみやっもんじゃ、しかたなか売ろうだいね。そいばってんそがん安うじゃ売られんよ」て言うたて。おんじさんな、もう、うれしゅうして、うれしゅうして、たまらあじ、
「おーおーそうかそうか、おいに売ってくるっか。よかよか銭なあどっさい出すくさい」
て言うて、大金ば渡さしたて。金ば受けとった勘右衛門は、うかしゅうしてたまらんとばこらえて、さっさと帰って行ったて。おんじさんは、大金ばだして買うたやせ馬ばながめながら、
「こりゃあよか物ば手に入れた。ちったあ高かったばってん、この馬しゃあが持っとっない、あんくりゃあの銭なじき取い戻す。ほんなごて勘右衛門はふうけとっばい」
て言うて、馬のはよう糞ばたるっごと、えさば食わせたい水ば飲ませたいさしたて。そして、
「はよう糞たれろ、はよう糞たれろ。まあだじゃろうか、はよう銭の糞たれろ」
て繰い返しながら、馬のじゆうぐるいば回いよらしたて。そいぎ、いっときして、馬の「ポトポトッ」て糞ばたれたて。そいば見たおんじさんな、よっぽいよろこんで、
 「おーっ、ようよこん馬の糞ばたれてくいたばい。よーし、どっさいたれろ、どっさいたれろ。こいで、さっから勘右衛門にやった銭ぐりやあとい戻したろう。こいで、もう一生働かんでちゃあよか。ますます大金持ちにならるっ」
て言うて、笑いよらしたて。そいから、「どうら、いっちょ、いくらぐりゃあたれとっじゃい勘定なっとしてみっか」て言うて、馬の糞ばほじくってみらしたて。そいばってん、いくら探してでん、糞の中からは一銭でん出てこんやったて。おんじさんな血相ば変えて、今度は手づかみで糞ん中ば探さしたばってん、やっぱい銭は出てこんやったて。
 勘右衛門にだまされた事に気づいたおんじさんな、歯ぎしりして悔っしゃあしんさったて。そして、そのやせ馬ば引きづって勘右衛門の家に行たて、
 「こりゃー、勘右衛門。こんつきしょうが、ゆうも俺ばきゃあくいだみゃあて銭ばおっ取ったにゃあ。銭の糞ばたるってんないてんううすらごっばかい言うて。いくらはみば食わせたっちゃあが、銭の糞てんたれんじゃっか。おいが払うた銭ばかえせ」て言わしたて。そいぎ勘右衛門は、
 「ありゃあ、そりゃあおかしかなんた。おいが時は、ちゃんと銭の糞ばたれよったばってんが。おんじやんな、そのうまになんば食わせたかんた」て言うたて。おんじさんな、
 「何ば食わせよって、そりゃあおまえ、草てんワラてん野菜てん、馬の好いたとばっかい食わせよっくしゃあ」て言わしたて。そいぎ、勘右衛門は、
 「あはー、そりゃあいかん。そがんとば食わせよっないば、銭の糞ばたれん。いくらよか馬でちゃあが、銭ば食わせんないば銭の糞ばたるっもんかんた」て言うたて。そいば聞いたおんじさんな、その場にへナヘナと座い込ましたて。      (麻那古 嘉村秀一)

出典:富士町史下p.610〜p616