仲田代天満宮

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仲田代天満宮

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■所在地佐賀市高木瀬町仲田代(公民館隣)
■年代近世
■登録ID1789

 仲田代天満宮の由来
 仲田代天満宮は元、森蔵天神と言い、霊元天皇(貞享2年/1685)徳川綱吉将軍、鍋島光茂の時代に創立され上渕地区の東部にあったものを仲田代の当地に移されたものです。祭神は菅原道真公です。森蔵天神には当時農閑期にお晦日(籠)等行われていました。明治41年無格社合併の県の方針によって、一旦は東高木八幡神社に合併され其の後元の村々に帰座し、大正4年百武嘉一、百武政一両氏の土地提供により現在地に建物も新築されましたが昭和20年8月5日夜大東亜戦争の空襲に逢い鳥居もろ共に倒壊しましたが其の後公民館として改築利用現在に至っています。鳥居には左の銘がありました。
肥前佐嘉西渕村天満宮萃表銘 
萃表雙立 千年鶴 伴松梅 社頭求鎮 万戸民 
饒麥稲伏惟国家久栄 郷邑長保 
大檀那 鍋島山城守直紹 願主
貞享二年乙丑十一月二十五日 以上
昭和五十八年九月吉日

出典:仲田代自治会 

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