自得庵と若宮さん  | さがの歴史・文化お宝帳

自得庵と若宮さん 

所在地 佐賀市嘉瀬町大字荻野1111
登録ID 100

出典資料から記載

この野田は江戸時代、久保田領主村田氏の領地であった。森家は、村田氏より百石拝領で、野田に移住し、武術の師範を勤めた。後では銃術の小銃部に取り組んでいる。百石は十町の耕地。野田村の野田氏が千葉家の戦乱に巻き込まれ、討ち死にす。野田に、ポツンとやってきた森家は、先祖の菩提寺として、自得庵をなす。水害にも火災にもあっているので、資料は十分残っていない。ただ門前に石造りの六地蔵さんがある。千葉家の戦乱で討ち死にした人の供養塔である。また、武術の神として、若宮さんも祀っていた。久保田の町東に、若宮さんはある。今の嘉瀬川が、昔は、松永の家の前にあった。堤防がない状態だったと思えば若宮さんが町東に流れていったことがわかる。お寺の自得庵は、大水害後再建したが、若宮さんは、金がなく、そのまま置きっ放し、地元の人に祀ってもらっている。若宮さんの天井の絵馬に、父や叔父たちの名前が見られる。せっかく流れてきんさった若宮さんとして、地元の方々から可愛がってもらっている。
出典:野田のよもやま P.22

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